2011沖縄WS


午後2時30分沖縄に到着した。
さすが沖縄行き。
飛行機は平日にも関らず、家族連れで満員だった。
この頃、癖が付いたのか飛行機に乗ると寝る。
気が付いたら九州の上空を越えていた。
しばらくすると海の色が変わり、本当にきれいなエメラルドグリーンになった。
沖縄だ。
幸美先生が、可愛いお子さんと迎えに来てくれていた。
もう4年目になるから、会場やホテルへの道は見知っている。
車中から街を眺めていると、普天間基地という大きな文字が飛び込んできた。
何時もながらそこで初めて「沖縄」だと実感する。
明日から3日間のワークショップが始まる。
都合が悪い事に、今週の土日には、かなり沢山の行事が沖縄であるそうだ。
それも重なり、ワークショップの参加者が少ないという。
それは残念だ。
主催者の方の経費も気になってしまう。
福岡もそうだったが、どうしたことか不思議と何時もよりは参加者が少ないのだ。
何となく日本全土が浮足立っている様にも感じるし、何かしらの危機感を持ち出したのでは、とも感じる。
何れにしても、明日から暑い沖縄での熱いワークショップが始まる。
今日は、夕方から名嘉睦稔さんと3年ぶりの再会を果たした http://www.bokunen.com/  
睦稔さんは子供の頃、四足で走るのが無茶苦茶早かった、と前回聞いた。
どういう具合に走ったのか、どれほど早かったのかを知りたかった。
四足にした時、掌が地面に着く。
それが走るバネを妨げていることを発見。
手をグウに握ったら驚異的に早くなったそうだ。
また、手を地面に付くと頭が下になる。
その従来の四足から、後ろ足でジャンプする四足に変えた。
そうすると、中学生が全力疾走するよりも速かったそうだ。
と大笑いしながら話してくれた。
その四足で、友達を追いかけると本気で恐がって、友達は泣いたそうだ。
睦稔さん曰く、「自分としては獣だからね」だそうだ。
このくだらない話が無茶苦茶良い。
こんな話をしている時、何時も思うことがある。
どれほどくだらない話を持っているかが、色々な席を和ましたり、人を和ましたり出来るかの鍵だと。
楽しい話に盃が進む。
武道の話になり、若い頃睦稔さんは、何と伝説の達人故上原清吉翁に習っていたそうだ。
「日野さんは胸骨が大事というでしょう。ジッチャンは胸から歩け、と何時も言っていたんですよ」
「そうなんですか。それは嬉しいです。突き詰めていけば、どこかで誰かに出会うもので、それが上原翁と繋がるとは」
睦稔さんが上原翁の家に遊びに行った時、何とワルツの練習をしていたという。
「お前はワルツを知っているか、これは大事だから一緒に踊ろう」と言って、ワルツを教わったそうだ。
断片的ではあるが、達人の在りし日の姿を知り、私も興奮した。  
「皆、身体の特性を知らない、それを上手く使うのが武道なのです」と、睦稔さんを相手に飲み屋でインスタントワークショップ。
別れ際「日野さんと一緒に何かしたいね」「それは面白い、是非やりましょう」深夜 12 時過ぎ、再会を約束して別れた。

 

お昼部屋に安藤洋子さんが訪ねて来てくれた。
良い色になっていた。
昨日迄は、朝風呂代わりに、沖縄の海で毎日泳いでいたと言う。
安藤さんは7月早々に沖縄入りし、現地の人達とクリエーションを展開している。
それもやっと昨日で終わり、今日からは安藤さんの本公演の為、アマンシオさんのクリエーションに入るそうだ。
私たちの迎えの車が来たので、ロビーへ。
「 oooooo 〜 genki desuka? 」アマンシオさんとロビーでバッタリ。
「日野がフランクフルトに来ないから、俺が沖縄に来たよ」と。
少し疲れが見えるが、元気そうだ。
では後で、ということで、ワークショップ会場へ車で向かった。

私達がワークショップをする隣の部屋が、安藤さん達のスタジオ代わりになっていた。
何時もは、剣道場を私たちが使っているのだが、そこは安藤さんのリハーサル会場になり、私たちは畳の柔道場だ。
ということは、投げもやろうか。
私達の一コマ目が終わった時、汗びっしょりで安藤さんやアマンシオ、それに今回手伝っている、私の公演に出ていた美緒ちゃんがスタジオから出て来た。
まるで泳いだ後の様な汗だ。
それこそ「大丈夫?」だ。
ワークは、危惧が的中。
土曜日からのコマには、自分の出番があるから出られない、とか、所用が重なっている人が多かった。
しかし、若い子達の先生方や、インストラクターの人達の懐かしい顔がありホッとした。
若い子達は、殆ど安藤さんのワークでの舞台に出るから、 1 コマくらいしか参加できないそうだ。
少人数でも、集中が途切れずにワークは進行した。
これは回を重ねている賜物だ。
もちろん、初めて参加している人や、飛び込みで参加した人は、「????」つまり、教えられるものだと解釈しているので、すぐにワークを止める。
自分で、自分の身体で考える、という考え方が初めてだから戸惑っている。  
それはそれで仕方がない。
明日は、もっと人数が減るようだ。
三日間受講してくれる人の中に、本部御殿手をやっている人がいた。
「日野さんの言葉は非常に分かりやすいから、色々なヒントになります」と言ってくれた。  

 

沖縄三線の名手喜瀬先生と2年ぶりに再会した。
2年前パリで大城さんを通じてお会いし、その時贅沢な個人コンサートを開いてもらった。
それ以来だ。
「日野さんどうもどうも」とほんとに気さくなお人柄には惚れぼれする。
今回は、安藤洋子さんとの共演だ。
本番は見る事が出来ないので、今日リハーサルで見せて貰った。
まるで倍音が天井から降って来ているような歌。
これは、世界、という言葉しかないだろう。
それすらも陳腐になってしまう。いや言葉が陳腐になるのだ。
沖縄のゆったりとした空気感が、歌や三線を通して身体に入ってくる。
身体が自動的に動いてしまう。
お弟子さんも入っての三線に、この歌に、一体どんなコラボが出来るのか。
安藤さんの振付が楽しみだ。
アマンシオは初めて喜瀬先生の三線と歌を聞いた時、動けない、と言った。
その感性が素晴らしい。
でも踊らなければならないのだ。
そんな葛藤が見る者としては興奮する。
ワークショップは、思っていたよりも人は減らない。
それどころか、増えている。
これは嬉しい。
アメリカの女性が参加してきた。
道着の下をはいているので、何かやっているのだろう。
日本語も出来るという。
これが難しい。
日本語が出来る、というのを真に受けてしまっては、話は通じなくなる。
そこそこ日本語が出来るというのは、日本語を英語で解釈して、その英語解釈の日本語だからだ。
つまり、英語に出来ない、翻訳できない日本語が沢山ある。
それらを省いた日本語ということだからだ。
案の定、日本語で「ハイ、分かります」というが、「何を分かったのですか?」と突っ込みは入れられない。
いわば直訳状態だからだ。
そんな人もおり、スタジオの先生方もいる。
その意味では、楽しいワークショップだ。
とにかく、一、二度見せて「ハイどうぞ」だ。
それこそ「どうぞ〜」という定番のワークも試してみた。
これは正面向かい合いが不可欠だ。
むろん、正確には出来ないが、それなりにやる。
そして工夫を重ねる。
これは凄い進歩だ。
初めて沖縄でワークショップをやった時は、みんな訳がわからないから、直ぐに諦め雑談を始めた。
しかし、今はそうではない。
それぞれの組が、思い思いに工夫をしているのだ。
これは嬉しい。
明日でワークショップは終わる。
毎年来てくれる人が、初日に来なかったので都合が悪いのか、もう飽きたのか、と思っていたら、今日から参加してくれた。
たとえ一年に一回でも続いていくと、そんな心配もあるのが嬉しい。
ワークショップは、もちろん何かを伝える為のものではあるが、伝えることによってより深い人間関係が生まれる。
たった3日間のお付き合いで、尚且つ数時間しか接する事はない。
しかし、その数時間の接点は、相当密度が濃い。
その一瞬の密度を持つ為に、様々な時間があるだけだ。
そんな話をするのも、ワークショップならではだ。
そういえば、キジムナのオープニングパーティで JCDN の佐藤さんと会った。
沖縄でダンス関係の何かを始めるそうだ。  

 

最終日に、ジンバブエのダンサーが参加した。
取り組み方が繊細で真摯なのには驚いた。
昨日は、アメリカの武道を研究する女性が参加した。
キジムナフェスタならではだ。
結局、受講者が少ないとは言いながら、想像以上の人数は集まり、充実したワークが出来た。
最終日は「武禅」並の声を届ける「こんにちは」を少ない時間だったがやった。
それは、常連の受講者にとっても今日初めて参加した人にとっても、非常に良い効果を上げたようだ。
沖縄では初めての涙も数人あった。
正面向かい合いでの二人の間隔を徐々に広げていく。
そうすると、正面の感覚が比例して薄れていくのだ。
それは、お互いの働きかけが弱いからだ。
それを強くする為に、声を届けるをする。
その場合、目の前の人に言うのだが、言われている人が「私に言われた」ということを認識するまでやる。
私たちは、目の前に人がおり、その人が確かに私に向かって挨拶をしている。
であれば、本当に私に挨拶をしてくれている、つまり、私に届けてくれている、と勘違いしているのだ。
そうではない。
本当に届けるとは、そんな曖昧なものではない。
説明などどうでもいいから、実感できるまでだ。
だから、「もっと、もっと」いくら叫んでもそう言われ続ける。
「アホか、全力でぶつかれ!」が、良かったようだ。
「駄目、瞬きをするな。目線を動かすな。逃げるな」とにかく、超ハードな時間だった。
このワークが終わった時、みんな本当に真剣な顔付きになり、どの人も輝いていた。

終わってから打ち上げ。
深夜1時までになった。
当然泡盛や日本酒が、どんどん空いて行く。
泡盛は4本空けたのかな。
ワークで学んだ事を、日常や自分の世界で実践し、相当効果を上げているという話も沢山聞けた。
「仲間」を感じられる美味しいお酒の為に、どんどん盃が重なる。
私の隣に幸美先生が座っていたのだが、その間に滅茶苦茶お酒の強い女性が割って入った。
私の泡盛が半分くらいになると、すぐに泡盛を足す。
もう何杯飲んだか分からない。
残念なことに島ラッキョが無くて、テンプラが食べられなかった。
沖縄の人はお酒が強い、それを初めて体験した打ち上げだった。
人同士の触れ合い、ということでも本当に嬉しい打ち上げだった。
あっと言う間に時間が過ぎていった。
来年再会する事を約束して深夜の沖縄市で別れた。
来年のワークショップは、常連の人たちの都合の良い日を選んで決めるそうだ。
沖縄は幸美先生や玄さんを中心にまとまってきている。
明日は、沖縄のワークショップで練習をした人達と、安藤洋子さんやアマンシオさんとの舞台があり、それを観ることになっている。
水族館にも行ってみたいと思っている。  

朝目が覚めると雨だ。
それもかなりきつい雨だ。
それでも水族館に行こうと、レンタカーを借りた。
この頃のレンタカーは便利だ。
カーナビが付いているので、まず道に迷うことは無いだろう。
コーヒーを飲み目を覚まし、高速道路を名護市に向けて走った。
前が見えないくらいの雨だ。
知らない道だということもあり、制限速度を維持。名護市に着くと、雨は止んでいた。
チケットを買い水族館の中へ。
見たことも無いような、きれいな魚がうじゃうじゃいる。
しかも大きなものから小さなものまで、色とりどりだ。
ナポレオンフィッシュが、巨体を優雅に操っている。目が合った。
大きい。ジンベエザメや大きく太いウツボ。
海がめにマンタやホウジロザメ。
子供だけではなく、大人まで「ワー凄い」だ。
別の館にはジュゴンがいた。
もう一寸、何とかしろよ、というような味気ない水槽に入っていた。
遅くなると道路が混むので、早々に帰路に付いた。
雨も上がり、快適に飛ばし往きの半分くらいの時間で沖縄市に着いた。
カーナビが付いていても迷子になるのが、沖縄の道だった。
基地がいいところにあるので、それを迂回しなければならないので、一本間違ってもいいだろう、ということが出来ない。
ホテルに帰るまで、その周辺をグルグル回った。
夜の安藤さんのショーケースには、ギリギリ間に合った。
フォーサイスカンパニーが使うような音が響く。
クリエーションの時間が無さ過ぎ、と安藤さんが言っていたが、一つの作品としては、ヨーロッパのコンテンポラリーダンスの香り漂うものになっていた。
打ち上げの時、アマンシオが 9 月には東京に行くよ、ということだ。
アーキタンツへ教えに来るそうだ。
では、その時再会しよう、ということで別れた。

 

知花先生に車で送ってもらって那覇空港へ。
車中でコンテンポラリーダンスについて語り合った。
時流にながされず、自分のスタジオでの教育をブレさせずやって下さい、と話した。
「誰でも出来るダンス」など、壊しても良いが目指す必要など全くない。
沖縄から夕方大阪に着いた。
ほとんどその足で大阪教室へ。
基本稽古をやり終了。夏のロードが終わった。
思えば、6月30日から今日まで、道場に2日しか帰っていない。
その間に大きな台風が通過している。
雨で水路がどうなっているのか、道場に雨漏りがあったのか、ムカデにヤモリ、心配は色々ある。
しかし、今日は7月26日。
7月も終わりだ。夏も終わりという感じがする。
8月はフランスから合宿に来、毎年恒例の日野武道研究所の合宿がある。
でも一寸ゆっくりだ。  

 


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