バルセロナから帰国。
荷物を入れ替えて福岡。
朝一番の特急だ。
時差ボケだから、丁度良い感じだ。
1 年ぶりの福岡だが、先月の神戸公演に来てくれた人達が何人かいた。
「分からんけど凄かった」と感想を熱く語ってくれた。
そう、何も分かる必要などどこにもない。
ほんとにどこにもない。
というよりも、何を分かりたいのか、それが不思議だ。
何を分かり、何を満たすのか。
舞台は「分かる」ではない。
それはどんな舞台もそうだ。
もし舞台に注釈がいるのなら、即刻舞台を降りるべきだ。
こんなことを表現したかったとか、こんな思いで踊ったとかという注釈だ。
全ては見え、聞こえ、感じられるものだ。
もしも、それが見えないのなら、見る力を、聞こえないのなら、聞く力を、感じられないのなら、感じる力を養うだけで良い。
そういった注釈のいる舞台の大方は、幼稚な自意識が見えているだけだ。
それを見極めなければ観る眼など無いも同然だ。
東京、吉祥寺シアターの公演でのアフタートークでは、「意味が分からない」という質問があった。
私は即「意味はありませんよ」と答えた。
質問をした人は困った顔をしていたが、他の人からは笑い声が起こっていた。
「何を表現したかったのですか?」と「あなたが感じたこと、あなたが今観たことです。他にはありません」とこれも即答した。
むろん、コンテンポラリーダンスというジャンルは、ある意味で難しい。
ある意味というのは、本当に混沌としたジャンルだからだ。
クラシックバレエをやっていて転向した人、また、昨日まで絵を描いていた人が、いきなり舞台に上がっている場合もある。
そんな混沌としたジャンルだから、観に来る人もある意味で構えていても不思議ではない。
「また、どう観たらよいのか分からないものを見せられるのではないか」と。
しかし、私もよく「何をしているのか分からない」という言葉を使う。
それは、独り善がりだから分からない、という意味だ。
自分の思い込みの中にどっぷりと浸かっているのは、どうしようもない。
勝手にやっていれば、だ。
こちらに向かってきてくれていないものは、分かりようがない。
それをジャッジし、観る目も養う。
そんな表現塾もある福岡のワークショップだ。
福岡初日。
会場のバレエスタジオに入って驚いた。
殆どが新しい顔だったからだ。
しかもダンサー達。
外国に留学していたダンサー。
外国で活躍しているダンサー。
外国のカンパニーから身体を壊し、スタジオの先生になっているダンサー。
キジムナフェスタで一緒になった、リヨンのコンセルバトワールのドミニク先生の元生徒さんもいた。
楽しいことになりそうだ。
基本の胸骨操作からだ。
しかし、初参加の人は「感じる」に苦戦する。
やはり身体を動かしてしまうのだ。
それは仕方が無い。
初参加の方が多かったので、胸骨を定めるところから始めた。
胸骨操作は、大きな意味では背骨の運動だ。
また、身体の主要部位にドットとしての知覚点を持つ。
その知覚点の最初のポイントでもある。
そのポイントから、肩や肘にドットでポイントを置き、それを繋げて使うのだ。
まずはその三点、つまり、胸骨と肘と肩の三点を知覚できれば十分だ。
知覚するという作業をしたことがない筈だから、当然難しい。
だから、単純な胸骨運動になるか、肩を動かす運動になる。
第一段階はそれでも良い。
何だか分からないが胸骨を動かす、そんな雰囲気を覚えていけばよいのだ。
1 年ぶりの顔もあった。
みんな元気そうで、胸骨操作に日々取り組んでおり、日常の様々な局面で効果が出ているという、嬉しい報告もしてくれた。
「私は 1 日 1000 回やってます」というおっちゃんも。
それは義務ではない。
そうすることで何かしらの効果があるのでは、と直観した人だけがやれば良いのだ。
居酒屋で気が付けば午前 1 時 30 分。
では明日。
胸骨と肘、腕だけのねじれ、手の指先と足の指先を注意点にして、全身が伸びる。
正面向かい合い。
定番のメニューだ。
みんなが雲をつかむみたいな、正面向かい合いでのコンタクト。
今回は、どういうわけか、初めて参加する人が多い。
常連さん達数人はいるが、その他は初参加の人が多い。
その意味では、私も一から説明していかなければならないので、おさらいになり有意義だ。
初参加の人といっても、役者やダンサーが多くいる。
だから、それはそれでやりやすいし、突っ込みがいがある。
基本的な動きをし、即応用。そして、ダンスとして使うには、というところまで一挙に進む。
そうそう、何とマーツの知り合いがいた。
現在スイスで活躍しているダンサーだ。
しかも、私が沖縄でご一緒させて貰った、リヨン・コンセルバトワールで教える、ドミニク先生に習っていたという。
「ほんとう?ドミニク先生の教え方を見ていて、クラシックバレエの雰囲気が良く分かったんやで」「そうなんですか」
ドミニク先生は、私が福岡を発つ明くる日に、日本に遊びに来るそうだ。
残念、すれ違いだ。
スイスに帰ったら、マーツと練習すれば良いよ、と言っておいた。
受講者を観察していると、毎度のことだが稽古の方法を知らない人が大半だ。
いきなり、正解の動きやポイントを掴もうとする。
出来る筈も無い。
そこで、稽古の方法を実際として指導。
大方の人の出来ない理由は、やるべきことに意識が向き過ぎることだ。
だから、意識に支配され身体が動かないのだ。
「歌を歌え!」
つまり、意識を他に向けるのだ。
すると身体は驚くほど動くようになる。
まるで小学生のお遊戯のように、みんな生き生きとなった。
しかし、連日の猛暑にうだる。
水分の補給を怠らないように注意しなければいけない。
それはそうと、今朝瞬間湯沸かし器になった。
某ドトールコーヒーでの店員とのやりとり。
「これとアイスコーヒー」
「セットとアイスコーヒーですね」
「……違う違う、セットのホットをアイスコーヒーに変えるだけやで」
「セットとアイスコーヒーですね」
「ちゃうやんけ、セットに付いている飲み物をアイスコーヒーにして、と言うてるんや」
「アイスコーヒーですね」
「何言うてんねん、セットの飲み物をアイスコーヒーにせえ、言うてんねんやんけ」
「…」
カウンターの中にいる、もう一人の若い店員はどうしようか?という顔をしていたが、割って入ることも無かった。
訳の分からん店員よりも年下だからだろうか。
思わず、店長呼べと言うところだった。
ここでは大阪弁は通じないのか、と聞くところだった。
朝から快調だ。
明日はワークショップ最終日だ。
やり残しはないだろうか。
ワークショップも打ち上げも無事終了。
天気にも恵まれたワークショップだった。
しかし、ワークがハードだったのか飛ばし過ぎたのか、途中 10 分の休憩でも、 1 時間の休憩でもスタジオでゴロっとしている人が沢山いた。
最後のワークと言うことで、質問も沢山あり 30 分ほど時間がずれた。
福岡や九州各地から参加していた人達が、打ち上げの席でメール交換。
何でも自主連を皆で定期的に持とう、と言うことで、皆の意見が合いその運びになったそうだ。
この自主連のリーダーは、胸骨トレ 1 日 1000 回のおっちゃんだ。
そのおっちゃんの進化ぶりに、これはいけません、と危機感を持ったダンススタジオの先生も加わり、始まる事になった。
これで自主連クラブは、東京と福岡の二つになった。嬉しい話だ。
Web ページも立上げ、連絡網を充実させるそうだ。
ワークショップに参加する人の意向もあり、来年の福岡でのワークショップスケジュールが決まってしまった。
今年と同じ 7 月 13 (金)− 16 (月)日だ。
早速スケジュールに書き込む人達。
外国で活躍するダンサーも来年も夏休みで帰国するので、ということで参加を決めてくれていた。
しかし、打ち上げは寂しかった。
参加人数は、そこそこいたのだが、遠距離でもないのに、早々に帰る若い連中が多かったのだ。
そういった傾向だから仕方が無いのかもしれないが。
しかし、いい年をして、口の利き方の知らない奴は、どうしようもない。
折角の飲み会なのに
「お前、今何言うたんや。おかしいやろその口の利き方は」と始めてしまった。 |